「マチ工場のオンナ」(ドラマ)

弁護士・税理士・社会保険労務士 浅野 了一

【放送予定】2017年11月24日(金)スタート<連続7回>
  総合 毎週金曜 よる10時から10時49分

私は、NHK名古屋放送局制作部から、過大負債をかかえた町工場の会社承継と承継後の会社再生をテーマにしたドラマの財務問題を含む法律監修の依頼を受けて、2017年6月12日に原作の諏訪貴子氏著作の「町工場の娘」( 出版社: 日経BP社 販売日 2014/11/14)を購入して読みました。

著作「町工場の娘」の内容は

町工場の娘

幼少期に亡くなった兄の「生まれ変わり」として育てられた。 「ひょっとして私が会社を継ぐのかな…」という予感はあったが、大学卒業後は父の会社(ダイヤ精機株式会社)の取引先でもあった自動車部品メーカーに就職。その後、父に請われ、ダイヤ精機に入ったが、経営方針の違いから、2度退職させられる。

しかし、32歳の時に父が急逝。
相続の相談と一緒に、会社を継ぐべきかどうかの悩み、「社長になるのが恐い」と告げる著者の背中を押してくれた弁護士のシンプルで力強い言葉、 「失敗しても命まで取られることはないから、やるだけやってみたら? ダメだったら自己破産すればいい」に勇気づけられて、主婦から父の後を継ぐことになる。
ちょうどバブル崩壊の余波もあって赤字経営が続く中、再建の舵取りをいきなり任され、以後、様々な壁にぶつかりながら、「町工場の星」と言われるまでに社業を復活させた。

工場の不用品の廃棄などの「整理整頓」「生産行程管理へのIT導入」、交換日記による若手社員との対話・情報の共有など、「情と論理」のバランスの取れた、女性ならではの経営手法が注目され、ダイヤ精機には今や全国から見学者から訪れる。その2代目社長が初めて筆を取り、父や兄への思いを綴りながら、社長になってから10年の軌跡を克明に振り返る。

著者 諏訪貴子氏について

1971年東京都大田区生まれ。95年成蹊大学工学部卒業後、自動車部品メーカーのユニシアジェックス(現・日立オートモーティブシステムズ)入社。
98年父に請われ、ダイヤ精機に入社するが、半年後にリストラに遭う。2000年再び父の会社に入社するが、経営方針を巡って対立し、退社。
04年父の急逝に伴い、ダイヤ精機社長に就任、経営再建に着手。経産省・産業構造審議会委員。2013ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。

私は、この著書を読み驚きました。

2004年に32歳の主婦が会社再生で最初に取り組んだのが、実に ①「挨拶の徹底と整理・整頓」なのです。

次に、社長就任とともに ②「経営方針の策定」です。

3つ目は、究極の多品種少量生産を行っていたこの町工場での受注後の ③「進捗管理のIT導入による改善」です。

いまから13年前の2004年に、大学卒業後2年間の会社勤務の経験しかない、しかも家庭に入り専業主婦を、社会に出ようとの思いから司会業のアルバイトなどもしながら、8年も経験した女性が突然、亡父の従業員27人の町工場、しかも過大債務を負い倒産寸前の会社を承継して、会社を再生して行く第一歩が、これらの的確な3項目の改革改良なのです。

このような改善は、主婦ならではの経験や知識からでたものですが、ダイヤ精機のみならず、他の会社にも共通して言える改良であったことに、大変感心いたしました。

私は、現在では弁護士法人・税理士法人・司法書士事務所・社労士事務所を営むまでになった名古屋総合リーガルグループを創業して今年で7年です。

この7年間、失敗を繰り返しながら試行錯誤して、初めてわかり始めた経営の最重要項目の上記の3項目を、著者は瞬く間に実行するのです。

この著書を読んですごいと思うのですが、現実問題としてこの32歳の主婦から社長になったばかりの著者の着眼点と実行力の現場が具体的にはなかなかイメージできませんでした。

オフィスで執務する私と、工場を運営する諏訪社長の「持ち場」が大きく違うからなのでしょう。

私は、2017年7月20日横浜での仕事の帰りに、東京都大田区にある精密金属加工メーカーのダイヤ精機株式会社の古い町工場である本社工場(東京都大田区千鳥2-40-15)と小さいが比較的新しい3階建ての矢口工場(東京都大田区矢口3-5-11)を見に行きました。

第二京浜国道(だいにけいひんこくどう、国道1号のうち、東京都品川区西五反田から神奈川県横浜市神奈川区までの区間における道路通称名であります。)の間近にある本社工場、そこから650m近くの矢口工場。

私は、東急多摩線「武蔵新田」駅から第二京浜国道間近の本社工場、そして、第二京浜国道沿いに歩き東急多摩線の高架をくくり抜けて矢口工場へと歩きました。

東京都大田区の「まち工場」街の風景が広がっていました。

大田区には約3,500もの町工場があり、「ものづくりのまち」として知られています。

「ものづくり」といっても、主に金属を素材とした「削る」「磨く」「形成する」「メッキする」といった、ひとつの加工を専門に請け負っている町工場がほとんどです。

建物の一階が町工場の建物が多いのです。

例えば、一階が町工場、二階が事務所、三階が住居もしくは寮という感じの建物が並びます。

ダイヤ精機株式会社の本社工場と第二工場の矢口工場とその周辺の「まち工場」街の風景を見て、この原作の背景が理解できたのです。

現地を見て32歳の主婦社長の背景を理解した上で、この原作とドラマの第1話から第7話までの台本の初稿、第2稿(青本)、そして第3稿の完成原稿へと読み続けると、経験なしで主婦の知恵とカンから「町工場の星」にまで成長させた新社長の凄さに驚くのです。

弊所、名古屋総合リーガルグループの今現在の大きな3つの課題は、13年前のダイヤ精機株式会社の課題であった、①「挨拶の徹底と整理・整頓」、②より精緻な「経営方針の策定」(経営計画書の作成)、③究極の多品種少量生産の受注後の「進捗管理のIT化による改善」です。

法律事務所など士業の世界、中でも法律事務所は何一つとして同じ事件はありません。まさに、ダイヤ精機株式会社と同じ究極の多品種少量生産の町工場と同様なのです。

今年、2017年も残り少なくなりましたが、私は、諏訪社長を見習い、あと1ケ月余りの間、2018年に向けて、①「挨拶の徹底と整理・整頓」、②「経営方針の策定」とその周知、③ 「進捗管理のIT化による改善」を実現することに向けて邁進したいです。

ドラマの詳細はこちらをご覧ください

 

-->