はじめに
会社の経営者や個人事業主の方が従業員を雇って賃金を支払う場合、賃金の支払い方法についてのルールを意識されることは多くないかもしれません。
賃金の支払い方法については、労働基準法という法律に規定があります。
労働基準法は、雇用関係(労働関係)における守らなければならない基準を定めた法律
の一つです。
これらのルールは、どれも当然のように感じるものですが、きちんと理解していないと、知らず知らずのうちに法律に違反していたという可能性もあります。
本稿では、労働基準法の定める賃金の支払い方法について解説します。
この理由が後継者不足の解消によるものか、または近年ありました新型コロナウイルスの蔓延によって相当数の企業が廃業したことによるものか、はっきりはしませんが、それでも未だに50パーセント以上の中小企業では後継者が不在となっており、後継者不足や事業承継の問題は、中小企業において大きな問題になっていることに変わりありません。
賃金の支払い方法の4つのルール
通貨払原則
賃金は、通貨(日本円)で支払わなければなりません。
使用者にとって都合のよいような現物での支給などを認めないことで、労働者の保護を図る目的とされています。
なお、最近、給与の一部デジタル払いが解禁されました。
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直接払原則
賃金は、その全額を労働者に支払わなければなりません。
目的は、労働者に賃金を確実に支払うことで経済生活の安定等を確保すること等にあります。
全額払い原則は、4つの原則の中で最も問題になりやすいものといえるかもしれません。
この点については、詳しく後述することとします。
毎月一回以上一定期日払い
賃金は、毎月1回以上、かつ、一定期日ごとに支払わなければなりません(臨時の賃金や退職金などは対象となりません)。
賃金は、労働者の生活の基礎となる重要なものですから、毎月1回以上、決まった期日に支払いが行われることを保証することで、労働者の生活の安定を図る目的とされています。
そのため、年俸制など、1か月以上の期間で賃金の額を決定する制度であっても、賃金の支払いは月に1回以上は行われなければなりません。
また、毎月一定期日に支払わなければなりませんので、「今月は5日に支払うが、来月は20日に支払う」といったことはできません。
賃金全額払原則の例外
ルール③の賃金全額払い原則には、2つの例外が認められています。
これらの例外に該当する場合には、賃金の控除が認められます。
例外1 法令に別段の定めがある場合
法令に別段の定めがある場合の典型的なものは、所得税の源泉徴収や、社会保険料の控除などです。
例外2 事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(過半数労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者)との書面による協定がある場合
この場合の典型例は、会社が労働組合と事前に合意しておき、会社が労働組合の会費を給料から控除して労働組合に支払うような場合(いわゆるチェック・オフ)です。
賃金全額払い原則が問題となる例 賃金との相殺
ルール③の賃金全額払い原則には、2つの例外が認められています。
これらの例外に該当する場合には、賃金の控除が認められます。
それでは、上記のような例外以外の場合ではどうでしょうか。
例えば、会社側が労働者に貸付金を有しており、その返済として賃金(の一部)を控除して支給、つまり相殺したとします。
このような相殺は、賃金全額払原則に違反するのでしょうか。
この点について、最高裁判所の判決では、原則として賃金全額払原則に違反するものとしたうえで、例外的に相殺が認められる場合があるものとされています。
前提として、賃金全額払原則の趣旨は、賃金の全額を労働者に支払うことにより、労働者の経済的な安定を図る点にあります。
しかし、使用者が相殺を自由にすることができるとすれば、相殺を受けた労働者は実質的には賃金を支払われないのと同じであり、経済的に不安定な状況に置かれてしまいます。
そこで、相殺についても、原則として賃金全額払い原則の対象とし、許されないものと理解されています(最高裁第二小法廷昭和31年11月2日判決(関西精機事件))。
例外として相殺が許される場合としては、以下のような場合があります。
① 賃金の過払いを調整するための相殺
賃金に過払が生じてしまった場合にその分をその後の賃金の一部と相殺して支払う場合には、相殺が許される場合があります
ただし、過払のあった時期と合理的に接着した時期になされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらない等労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならないとされています(最高裁昭和44年12月18日判決)。
② 労働者が相殺することに同意している場合
労働者が使用者に対して相殺について同意している場合には、相殺が許されるようにも思われます。
しかし、労働者は、使用者に雇われている立場であり、自分の立場を気にして真意に基づかない意思表示をする可能性があります。それにもかかわらず、全ての相殺を有効とすることは適切ではありません。
そこで、労働者の同意については、労働者が自由な意思に基づいてした同意であると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していることが必要であると理解されています(最高裁平成2年11月26日判決等)。
裁判所は、賃金全額払い原則の趣旨である経済生活の安定等を確保するという観点から、個別の事案において、相殺が有効かどうかを判断しています。
おわりに
本稿では、労働基準法上の賃金の支払い方法についての原則的なルールについて述べました。
なお、個別の事情に応じては別途検討が必要な場合もありますので、トラブル防止のためにも、賃金の支払い方法について問題がないか、改めて確認してみてもよいかもしれません。
名古屋総合法律事務所では、使用者側からの労務相談を受け付けています。労使間のトラブルがあった場合等には、一度ご相談ください。